全国運河サミットinみやぎ、スタディーツアーに参加しました


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全国運河サミットinみやぎ、スタディーツアー
「東松島市震災復興伝承館」で映像上映を見ているところ
(宮城県東松島市/2018年10月)












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スタディーツアーで行った宮城県東松島市の「定川北閘門」。




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スタディーツアーで行った宮城県東松島市の「野蒜築港跡」。




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スタディーツアーで行った宮城県石巻市の「石井閘門」。




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スタディーツアーで行った宮城県石巻市の「石井閘門」。




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【 2018年10月 / 宮城県 】


2018年の10月26・27日、宮城県で「全国運河サミットinみやぎ」という催しが開催されました。

全体的にはどういった催しか僕はわらかないんだけど、その一環で、一般が無料で参加できる「スタディーツアー」というのが27日にあったので、おもしろそうだから参加してみました。

僕は運河に詳しいわけでも、特別な興味があるわけでもないけど、宮城探さくのひとつとして興味を持ちました。



「スタディツアー」は、参加者40名ほどのバスツアーで、集合場所の宮城県庁を朝9時に出発し、宮城県土木事務所職員の方たちの案内で、東松島市と石巻市の運河や東日本大震災復興関連施設の数か所をまわり、説明を受けながら現地見学をしました。

東松島市では「東松島市震災復興伝承館」、「野蒜築港跡(のびるちっこうあと)」、「定川北閘門(じょうがわきたこうもん)」、石巻市では「南浜震災復興祈念公園予定地」、「石井閘門(いしいこうもん)」に行きました。



僕は、閘門(こうもん)というのを初めて見学しました。

そもそも、自分の住む宮城県の川に、こういったものがあったことも知りませんでした。

閘門とは、川の上流側と下流側で水位の差が大きいために流れが急になる場所で、船が通るときに危なくないように、一時的に川の水をせき止める開閉式の門を2か所に造り、門と門の間に船を入れた状態で、門の開閉によって水位を行く方と同じ高さに変え、船を安全に通すための設備だそうです。

(わかりづらい説明ですみません。 僕がかってに書いている説明です―――。)

閘門見学で行った「定川北閘門」と「石井閘門」の2か所では、閘門の構造、歴史、見どころなどを説明を聞きながら、実際に閘門の開閉も行われて、とても楽しい見学ができました。



「野蒜築港跡」は、明治時代に東松島市の野蒜の海岸に造られた大規模な貿易港です。

開港数年で台風によって壊滅してしまい「幻の港」となり、今は、その痕跡となる構造物の遺構がごく一部だけ残っています。

野蒜は、2011年3月11日発生の東日本大震災で津波にあい、壊滅的な被害を受けた場所でもあります。

僕は震災以前は「野蒜築港跡」を見に行ったことがあるけど、震災後は一度も行っていません。

震災後この場所がどうなったのか気になっていたから、何度か車で見に行こうとしたけど、この周辺は大規模な復旧工事がずっとつづいていて、一般車両は侵入できなかったり、また狭い道路を工事車両の大型トラックが往来しているなかで、観光としては行きづらさもあったので、確かめることができずにいました。

そういった復旧工事も、すこし前に完了していたようです。

「スタディーツア」では、「野蒜築港跡」の遺構を数か所見ることができたのでよかったです。



今回の「スタディツアー」は、自分の住む宮城県の運河について知ることができた、すばらしい催しでした。

説明をしてもらいながら現地見学は、なんの知識もない僕にとっては、すごく貴重な機会でした。

もしかしたら、興味を持って運河を見たなんてことは、―――初めてだった気がします(汗)。




追記
2019年1月から管理人の名前を「与平」から「Tanji」にかえました。



(画像保存設定、 01・03:90、02・04・05:94)



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