化女沼にある 「大崎市化女沼ダム観光資料館」

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照夜姫、princess teruya、化女沼、大崎市化女沼ダム観光資料館、化女沼ダム管理事務所、宮城県大崎市、画像、仙台人が仙台観光をしてるブログ、与平

化女沼ダム 「照夜姫」 の像
(宮城県大崎市/2016年10月撮影)
Princces Teruya















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「大崎市化女沼ダム観光資料館」 にあった 「照夜姫」 の銅像。 画像01と同じ像です。 背景は化女沼ダムと化女沼。





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「大崎市化女沼ダム観光資料館」 の建物。





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建物の入口。 入館無料。





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2階の展望室。 ガラス張りの向こうは化女沼。





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2階の展望室からの眺め。 化女沼ダムと化女沼が眺められます。 画像右下に写っているのが、画像01・02の 「照夜姫」 の銅像。 像の隣の銀色のパネルが 「化女沼の伝説」 の話が書かれた案内板。





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化女沼ダムの近くから眺めた化女沼。












【 宮城県大崎市 】


2016年10月のとある日、「大崎市化女沼ダム観光資料館(おおさきし けじょぬまダム かんこうしりょうかん)」 に行きました。

「長者原SA(ちょうじゃはら サービスエリア)」(東北道) の近くで、化女沼の東側にあります。

この場所の前はたまに車で通るんですが、入ったのは初めてです。

ここは入館無料なんですね。

「大崎市化女沼ダム観光資料館」 と 「化女沼ダム管理事務所」 が一緒になった建物で、3階建てのうち、1階と2階が、一般でも入ることができる資料館でした。

1階は、化女沼に関する解説パネルや写真などの展示、水生物の水そう展示、化女沼にまつわる民話・伝承の紹介。

2階は、ダムと沼を眺められるガラス張りの展望室。

それと、外の駐車場には、台座も入れた高さが2メートルくらいの 『照夜姫(てるやひめ)』 の銅像と 「化女沼の伝説」 という民話の書かれた案内板がありました。





僕がこの場所で興味を持ったのは、「化女沼の伝説」 という話です!

耳にしたことがある人もいると思いますが、化女沼には “照夜姫伝説” というのがあります。

「化女沼の伝説」 で書かれていたのは 『照夜姫』 の話、つまり “照夜姫伝説” の話でした。

僕はそういった話があるのは知ってたんですが、詳しく知らなかったので、どんなものなのか興味がありました。





次の文章は、案内板に書いてあった 「化女沼の伝説」 という話です。

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「化女沼の伝説」
 むかし、沼のほとりに長者が住んでおり、一人の美しい娘があった。娘は、朝な夕なその美しい姿を沼辺に見せていた。すると、そのあまりな美しさに、沢山の蛇が水面に集まるようになった。
 ある秋の夕暮のこと、水もしたたるような美しい若衆がここを通りかかり、許しを乞うて長者の家に泊まるようになった。やがて、若衆はいずこともなく旅立つことになるが、娘はいたく別れを惜しみ、嘆き悲しんだ。
 その後、打ち沈む娘の姿に、長者の家はひっそりと淋しい毎日が続いた。ある日、物思いにふけりつつ草原で身を横たえていた娘は、体に異常を感じ、あわてて館に戻った。その夜娘は産気づき白い蛇の子を産んだ。娘は驚きその蛇の子を追い、愛用の機織機とともに沼に身を投じた。
 その後、毎年七月七日の日には、沼の中から機を織る音がするといわれている。
 化女沼にまつわる伝説はたくさんあり、長者の娘が沼の水を鏡にして化粧をしたので化粧沼というのだとも語りつがれています。
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文章はなんだか不完全で、説明や言葉が足りてなくて、よく分からない部分がありますよね。

読んだ感じの大まかなあら筋は、
< 沼のほとりに住む美しい娘が、美男に姿をかえた沼の白蛇と恋をして、子を宿し、生まれたら蛇の子で、沼に消えてしまい、娘はそれを追って沼に身を投じた >
といったかんじじゃないかと思います。

文章に 『照夜姫』 という名前は出てきませんが、『照夜姫』 の銅像といっしょに置いた案内板に書いてある文章なんだから、話に出てくる “娘” っていうのは 『照夜姫』 のことなんでしょう。

あと、資料館1階にある沼にまつわる民話・伝説の展示のところでも、これとほぼ同じ話を紹介していて、そちらは題名が 「照夜姫と化女沼の伝説」 となっているから、化女沼にまつわるこの話は 『照夜姫』 のことを書いているものだと思います。

僕は “照夜姫伝説” の内容を初めて知ったんですが、こういった、ただ悲しみを憶えるだけのような、少々切ない話だったんですね。





それともうひとつ!

“照夜姫伝説” とともに知ったことがありました。

それは 「化女沼」 の名前の由来です。

話の最後にある “化女沼にまつわる伝説はたくさんあり、長者の娘が沼の水を鏡にして化粧をしたので化粧沼というのだとも語りつがれています。” という部分から、「長者の娘」 すなわち 「照夜姫」 が沼を水鏡にして化粧をしていたから 「化粧沼」 という名前になったと書いてあります。

「化粧沼(けしょうぬま)」 だったのが変化して、今では 「化女沼(けじょぬま)」 と呼ばれているということみたいです。

・・・さっきも書いたけど、不完全な文章で、「化粧沼」 と 「化女沼」 のつながりを書いていないんですが、たぶんそういうことでしょう。





――――――話はちょっとそれますが、「化粧沼」 っていう名前の響きを聞いて、僕はちょっと思い出したことがあります。

これは今から15年とか20年前のことです。

仙台に居るまわりの友人たちとの間で、なにかの拍子で 「化女沼」 の話題になったとき、沼のことを 「ケジョヌマ」 と呼ぶか、それとも 「ケショヌマ」 と呼ぶか、――――――つまり 「ジョ」 か 「ショ」 かで、意見が分かれたことがありました。

今みたいに、すぐにネットで調べられるような時代じゃなかったし、市販の道路地図なんかでも、昔は沼の名称にまで細かくルビはふられていませんでした。

といったふうだから、・・・けっきょくどっちが正しいのかは、分からないままだったんですけどね。





あと、今回ブログを書きながら、なんとなくこの沼のことを調べていたら、名前について、他にも少々おもしろい話を知りました。

現在は、「化女沼」 としか呼ばれていないこの沼ですが、昔は 「化女沼」 と 、さっきの文章で由来として書かれていた 「化粧沼」 という、2つの呼ばれ方をしていたみたいです。

つまり、「化女沼」 と呼ぶ人もいれば 「化粧沼」 と呼ぶ人もいた、といったかんじだったんでしょう。

どっちかって言えば、地元では、「化粧沼」 って呼ぶ人の方が多かったようですけど。

20年くらい前、沼にダムを建設したとき、そのダムの名前が 「化女沼ダム」 と決められたことで、それからは沼の名前も、「化女沼」 という呼び方ひとつに落ち着いたみたいです。

・・・まあ、あくまでネット情報を僕がかってにまとめた話ですけどね。

話がちょっと戻りますが、「化女沼」 と呼ぶ人もいれば 「化粧沼」 って呼ぶ人もいたってことならば、昔、僕のまわりに 「ケショヌマ」 って呼ぶ人がいたわけも分かるような気がしました。

「ショ」 の方は、「ジョ」 の濁音に対しての清音だったわけじゃなく、「化粧沼」 っていう呼び方が、「化女沼」 とすこしごっちゃになってできた 「ケショヌマ」 っていう呼び方だったのかも知れませんね。

そのときは皆、沼の名前は誰かからの口伝えで聞いたんだろうから、漢字でどう書くかまではちゃんと知らないで、きっと音の響きで憶えていたんでしょうね。





ちなみに、「化女沼」 の由来には別説の逸話もあり、そちらでは沼と天女にまつわる話から 「化女沼」 という呼び方がうまれたということみたいですが、その話についてまで書くのはちょっと面倒なので、今回は割愛します・・・。 あしからず。







[備考] 場所: 宮城県大崎市古川小野遠沢2

参考地図: 大崎市化女沼ダム観光資料館




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