東松島市震災復興慰霊碑(モニュメント)、野蒜


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東松島市震災復興慰霊碑
(宮城県東松島市/2018年6月撮影)















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東松島市震災復興慰霊碑






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東松島市震災復興慰霊碑
画像の右側に写っているのが、現地保存されている旧野蒜駅のホームと駅舎です。





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東松島市震災復興慰霊碑
慰霊碑に取り付けられているパネルのひとつ。





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東松島市震災復興慰霊碑






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旧野蒜駅
画像中央が旧野蒜駅のホーム。 画像右の白い建物が旧野蒜駅の駅舎。 画像左の奥に写っているのが東松島市震災復興慰霊碑。









【 宮城県東松島市、2018年6月 】


このあいだ、久しぶりに野蒜(のびる)にある旧野蒜駅を通りがかったら、そばに東日本大震災の慰霊碑ができていました。

旧野蒜駅は、2011年3月11日発生・東日本大震災の津波で壊滅した地域にあった駅で、震災後に駅が別の場所へ移転したあと、残った駅舎は現在、東松島市震災復興伝承館、観光案内所、ファミリーマートになっています。

慰霊碑は「東松島市震災復興慰霊碑(モニュメント)」という名前で、昨年10月に完成し、そのあと11月5日の「津波防災の日」に、完成式典と献花が行われたそうです。

慰霊碑のところには、芝生の広場も整備されていました。

旧野蒜駅のホームも、震災遺構としての現地保存の整備が済んでいて、柵で囲われ、周りを歩いて見られるようになっていました。




―――僕が震災後に初めて旧野蒜駅に行ったのは、震災から2年後でした。

ガレキ撤去は済んでいたので津波直後とは違ったけど、それでもまだ、津波の恐ろしさと悲惨さを感じる光景がありました。

残った細かいガレキが散乱していて、津波で海から運ばれたサラサラとした砂がホームに積もり、枕木が隠れるほど線路を覆い、周囲はとてもホコリっぽく、まるで荒野のようでした。



しかし、震災から7年経ったこのときの旧野蒜駅のホームからは、それを感じませんでした。

だいぶ薄れていました。

サラサラとした砂はまったくなくなり、ホコリっぽさもありませんでした。

雨が洗い流したんでしょうか。

真新しい柵やアスファルトができて、まわりがきれい整ったせいもあると思います。



この場所を初めて訪れる人が、今のホームを見て、津波の恐ろしさをダイレクトに感じることは、ちょっと難しいかもしれません。



地元の人たちにとっては、以前の野蒜の風景をとどめる貴重な場所になっていると思います。









●「野蒜駅」2013年3月

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