「桃水翁記念館」の「後藤桃水先生像」、東松島市


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後藤桃水先生像
(宮城県東松島市/2018年9月撮影)














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画像中央の胸像は、画像01にも写っている「後藤桃水先生像」。 画像左の大きな板碑は「民謡碑」。 青い屋根の平屋が「桃水翁記念館」。





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「後藤桃水先生像」の裏側。 文章は、この記事の文中に写しておきました。





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画像02の左側にも移っている「民謡碑」の裏側。 こちらは刻まれている文字のコントラストが弱くてよく見えなかったので、じっくり読んできませんでした。









【 宮城県東松島市 / 2018年9月 】


2年ほど前に、いつも使っている「県別マップル・宮城県道路地図」を最新版に買い換えたら、東松島市(ひがしまつしまし)の大塚(おおつか)に、「桃水翁(とうすい おう)記念館」という場所が新たに記載されたのを見つけました!

ついこの間、車で近くを通ったとき、どんな場所なのか見てきました!

仙石線「陸前大塚駅」の近く。

駅とは県道27号をはさんだ反対側で、一本裏道に入ったところ。

門戸に「桃水翁記念館」という扁額のある平屋の建物、「後藤桃水(ごとう とうすい)先生像」(胸像)、「民謡碑」という大きな板碑がありました。

「桃水翁記念館」には誰もいなくて、戸締りされ、どの窓もカーテンがしっかり閉まっていたので、館内がどういったふうになっているのかは、まったくわかりませんでした。

記念館にご用の方はご連絡ください――――――という近くのお寺の名前と電話番号の書いてある貼り紙があったので、もしかしたら、館内を見せてもらうこともできたかもしれませんが、後藤桃水翁につてい何も知らない僕が申し出るのは失礼だと思い、やめておきました。




「後藤桃水先生像」(画像03)、台座の背面にはこう刻まれていました。

 日本民謠育ての親後藤桃水先生は明治13年10月25日桃生郡鳴瀬町大塚に生まれた。二高時代小梨錦水師に普化尺八学び日本大学に在学中竹道を修行して悟る所あり道場を開いて名手を育成し東都に名を爲した。先生は又全国を行脚して各地の隠れた唄や歌手を探して大正9年東京で初めて全国民謡大会催したがやがて民謡が漸く世に認められるに至った。東京大震災後先生は郷里大塚に二葉園道場を創め数多くの民謡家を育て東北の隠れた民謡の宝庫を開いた。
 先生は民謡道に徹し名曲も残して世に貢献された。昭和35年に河北文化賞を受けられ又鳴瀬町名誉町民に推載されたことも偶然ではない。先生を敬慕する桃門並びに同好の有志相謀り先生の胸像を建立してここにその徳を偲びその偉業を後世に伝えるものである。

(刻んであった文章を、僕がパソコンで打ち直したものです。もし誤字脱字があったらすみません。)

桃生郡鳴瀬町(ものうぐん なるせちょう)大塚は、現在の東松島市大塚。




後藤桃水という人物について、ネットで調べてみました。

ネット情報を僕が勝手にまとめたものですが――――――日本各地に埋もれていた俚謡(民謡)を発掘し、それを再び上演することで大きく発展させた、「日本民謡の父」や「東北民謡の育ての親」と呼ばれる人物――――――だそうです。

民謡会の祖である方なのですね。

今年8月には東松島市内で、「後藤桃水翁をしのぶ民謡まつり」という催しも行われたようです。




僕がこれまで知らなかっただけで、わが宮城県にはこういった偉人もいたんですね。

そう言えば、宮城県では民謡の大会が多いように思います。

後藤桃水翁という存在があって、盛んなのかもしれませんね。




またひとつ、宮城県について新たに知ることができました。

立ち寄ってみて良かった。










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