宮戸島の「貞観の津波の碑」、東松島市


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貞観津波の碑、宮戸島
(宮城県東松島市)













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右が「貞観津波の碑」。 左の石の四角柱が東日本大震災後に観音寺のご住職が立てたという石柱。



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画像02の左に写っている石柱。






【 宮城県東松島市 / 2018年9月 】


何か月かまえに地方紙で、宮戸島(みやとじま)にある『貞観津波の碑(じょうがんつなみのひ)』という石碑が取り上げられていました。

なんでも、―――今から1200年近くさかのぼる869年(貞観11年)にあった「貞観地震」という太平洋沖を震源とする大地震で宮戸島に巨大な津波が押し寄せたとき、”二つの大津波が石碑の立つ島の中央部でぶつかった” という言い伝えが、宮戸島にはあるそうです。

記事の詳しい内容は忘れてしまったんですが、2011年3月11日発生の東日本大震災のとき、この石碑は、宮戸島の人たちにとって津波の避難の指針となったそうです。

僕は宮戸島に何度も行っているけど、こういった石碑があるなんて、まったく知りませんでした。

いっぺん自分で見てみたかったので、このあいだ車で宮戸島に行ったとき、『貞観津波の碑』を見てきました。



県道27号(奥松島パークライン)ぞいの「宮戸郵便局」、その向かい側で、県道から10mほど離れた位置に、『貞観津波の碑』はありました。

高さは50cmほど。

石碑の正面には何か文字が刻まれいるようだけど、かなり劣化していて、僕ではまったく読めませんでした。



もし僕がいわれを知らずに偶然この石碑を見つけたとしても、ただ
「なにかの石碑があるな」
と思うだけで、気に留めることはないでしょう。

たぶん宮戸島の人であっても、もしいわれを知らなかったら、僕と同じでしょう。

宮戸島の ”言い伝え” は、石碑を見ることで知らされてきたわけじゃなく、いわれを持つ石碑が存在することで、この石碑にはこういう意味があるんだと、口伝いで継承されてきたんだろうと思います。



「東日本大震災」は千年に一度の地震といわれ、その前回にあたるのが「貞観地震」だそうです。

『貞観地震の碑』のかたわらには、近くにある観音寺のご住職が「東日本大震災後」に立てたという高さ80cmくらいの石柱がありました。

”貞観地震の碑に感謝 この碑の言い伝えにより 千人避難する”
と刻まれていました。

僕の見た地方紙でも、記事のなかで石碑の意味を説明していたのはご住職でした。

ご住職によって存在が知らされなければ、僕には知ることができなかった、先人が千年後の人に残した、宮城にとってとても大切な石碑だと思います。









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