大柄沢キリシタン洞窟、宮城県登米市


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おおがらさわ きりしたん どうくつ
「大柄沢キリシタン洞窟」
Ogarasawa Christians’ Cave















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<大柄沢キリシタン洞窟>
洞窟の穴が空いているはずの場所が崩れていました。





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<大柄沢キリシタン洞窟>
もとは奥行き10mほどの洞窟の、奥側半分ほどは洞窟が崩れずに残っているようで、洞窟の突き当りに遭ったと思われる壇らしきものが見えました。 そこには倒れた白いマリア像がありました。





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<大柄沢キリシタン洞窟>
「大柄沢キリシタン洞窟」へ向かう途中の道。











【 宮城県登米市、2018年3月 】


「大柄沢(おおがらさわ)キリシタン洞窟」は、およそ400年前、キリスト教が弾圧されていた時代に、この地の信者たちがひそかにミサを行った洞窟だそうです。

場所は、登米市東和町米川(とめしとうわちょうよねかわ)の山のなか。

途中に急な登りもある山道を30分ほど歩いた、高城山の東側斜面。

杉林で、風が吹きぬける音と、風で杉がしなる音だけが聞こえる寂しいところでした。




洞窟は、――――――崩れていました。

崩れたのはここ何年かの間のように見えますが、それは地震でか、大雨でか、経年でかは、僕にはわかりません。




洞窟が崩れて積み上がった土に、人の頭も入らないほどの小さな穴をひとつ見つけました。

奥がありそうなので、スマホのライトを使って照らしながら覗いてみると、穴の向こうに小さな空間が見えました。

もとの洞窟は高さ1.3m、幅1m、奥行き10mだそうです。

どうやら崩れたのは手前側半分ほどのようで、奥側はまだ空間が残っているようです。

目をこらすと、奥の壁に壇のようなものがあり、その上に、小さな白いマリア像が見えました。

マリア像は倒れていました。




倒れたままにしておくことを申し訳なく思ったけれど、どうにもできませんでした。




~史蹟大柄沢キリシタン洞窟~
 永禄年間(1570年頃)以来、製鉄と共に布教されてきた。キリスト教は、永禄、慶長頃には、大籠、狼河原、馬込等この地一帯に広まり、数多くの信者が製鉄や鍬作りなどに従事していた。
 元和6年(1620年)仙台で最初のキリシタン弾圧があってからは、このキリシタン達は、身の危険を感じ初めた。元和7年に、フラシスコ バラヤス(孫右エ門)神父がこの地に来てから、信者の家に隠れ、信者を激励し、布教を続け、ミサを行って廻ったものである。大柄沢キリシタン洞窟も、このフランシスコ孫右エ門神父の時に、この地方の信者のミサをあげるために造られた洞窟と思われる。そして寛永16年(1639年)孫右エ門神父は仙台で捕らえられ、江戸で処刑されてからは、この洞窟もミサは行われず、その後信者の異動と共に、あき洞窟となり、350年間人間に知られず、今日に至っている。
 昭和48年8月発見されたこの洞窟は、大籠教会から西へ1500米山奥で東向きの斜面を利用して作られ、水平の水成岩層を掘り抜いて造られている。入り口付近で高さ1.3米、底辺1米、奥行10米の岩窟である。
 350年の歳月を経ているが、奥の祭壇と思われる2段も、岩壁に掘られた。直径3センチの燈火用と思われる穴の中の長さ、くぎ状の金属も原型をそのまま残されている貴重な遺跡である。
(現地案内板より)




僕がこの洞窟の存在を知ったのは、今から十数年前です。

とある場所へ車で向かう途中、通りがけに、洞窟から東方1~2kmの位置、岩手県一関市にある「大籠キリシタン殉職公園」という場所に立ち寄りました。

教会と資料館を見学したのですが、そのときに、宮城県内陸の北端から隣接する岩手県内陸の南端にかけての地域に、キリシタン迫害の歴史があることを初めて知りました。

とても衝撃を受けました。

そこの方から、この辺りにはキリシタン迫害にまつわる場所が多くあって、キリシタンが隠れてミサを行った洞窟も残っていると教わりました。

そのことがきっかけで、僕は、自分の住む宮城県の探さくのひとつとして、この地域でのキリシタン迫害、それにまつわる場所に興味を持ちました。

これまで、三経塚(さんきょうづか)に行ったり、殉職者の慰霊行事を見に行ったりしました。

そうしたなかで、「大柄沢キリシタン洞窟」を一度自分の目で見たいという興味はいっそう高まりました。




追伸。

「大柄沢キリシタン洞窟」がある場所の説明はできません―――。

僕にはまったく土地勘のない場所だし、一度行っただけなので、文字での説明も、地図を描くことも難しいからです。

下手な道案内をするとまずいですし。

どのネット地図や市販の道路地図にもこの場所はのっていないので、地図での説明もできません―――。









(画像保存設定: 画像01~03-96、画像04-94)

[備考] 場所: 宮城県登米市東和町米川大柄沢



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