「崎山公園」と「女川町地域医療センターのいのちの石碑」 (「まちびらき」した女川町探さく・2015年3月(4))


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崎山公園 (宮城県・女川町/2015年3月撮影)








※ この記事では2015年3月に女川町探さくしたことを書いています。
記事中の画像も内容もそのときのものです。







~~~ 崎山公園(さきやまこうえん) ~~~


画像01。

女川町中心部から 「リアスブルーライン」(国道398号)を
雄勝(おがつ)方面へすこし行くと道路ぞいにある 「崎山公園」 に行きました。

海沿いの高台にあり、女川町中心部や女川湾の海も見渡せる場所。

東日本大震災から約4年、ここはどうなったかと思って行ったみたんですが、まだ閉鎖されたままでした。
(2015年3月現在)

“地割れ危険!立入禁止!” という立札がありました。
たぶん東日本大震災の地震で、地割れを起こしているんでしょうね。

入口あたりから覗いてみたら、低い草の下にある地面には、何本か長い亀裂が走っているのが見えました。
ひどい個所では、亀裂が上下にずれて、20cmくらいの段差が付いている部分もありました。

「崎山公園」 があるのは高台の端っこ。
すぐ横は急斜面で、その下は海だから、もし地盤が崩れたらたいへんなことになるでしょうね。

もしかしたら、ここがまた公園として開放されることは難しいのかも知れませんね。

「崎山公園」 は、僕が女川町のなかで、特に気に入っていた場所でした。

2007年頃、初めて女川町を探さくしたときに、この公園から女川を眺めました。
良い見晴らしで、爽快だったのを覚えています。

それ以降も、女川町のイルミネーションである 「海ぼたる」 を冬に見に行ったとき、
夜にこの公園から、女川町と女川港の夜景を眺めたこともありました。

小さな港町の灯りを見ました。

それから、春に通りがかったときは、この公園に咲く桜を見つけ、
思わず車を止めて眺めたこともありました。







~~~ 女川町・地域医療センター ~~~


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千年後の命を守るために・石碑



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地域医療センターの場所から見た女川湾



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地域医療センターの場所から見た女川駅法目



次は、女川町中心部の高台にある 「女川町地域医療センター」 が建つ場所へ行きました。

医療施設と同じ場所に、復興商店や供養塔があります。

女川町を見渡せるから、多くの人がこの場所には立ち寄ります。

このときも、遠くの地域からの車を見かけましたし、タクシーで訪れて、運転手さんから説明を聞いている人たちの姿もありました。

何度か女川町に訪れていた僕の目から見て、今回この場所から眺めた女川町には、
以前の風景をすこしも感じることができませんでした。

見える場所すべての土地が造成中で、むき出しの砂の地面があるだけで、
まるで、新たに切り開いてまちを造っている場所のように見えました。

この場所には、
< 千年後の命を守るために >
と表題の刻まれた石造のモニュメントがありました。

あとにつづけて
< ここは津波が到達した地点です  もし大きな地震が起きたら  この石碑より上へ逃げてください
  逃げない人がいても  ここまで  無理やりにでも連れ出してください
  家に戻ろうとしている人がいれば  絶対に引き止めてください  女川中学校卒業生>
と刻んでありました。

震災後に僕が聞いた話では、海抜およそ16mの高さにあるこの高台をも、津波は越えたそうです。

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※ この記事では2015年3月に女川町探さくしたことを書いています。
記事中の画像も内容もそのときのものです。


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