姥の手掛け石 (村田町巡り 8)


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姥の手掛け石・宮城県・村田町・姥ヶ袋・画像・仙台人が仙台観光をしてるブログ・与平

姥の手掛け石 (宮城県・村田町/2013年11月撮影)













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「姥の手掛け石」 についていた手の跡と伝わる指の部分らしきくぼみ。
ちょうど柵の影になっていて画像では非常に見づらくなってるんですが、
くばみはくっきりとしていました。









前回の記事からのつづきで、今回も村田町を巡ってきたときのことです。 村田町巡り1~5は1度目(2013年5月)のときのこと、村田町巡り6以降は2度目(同年11月)のときのことです。

1度目のときに探したけれど見つけることができなかった 「姥の手掛け石」 というのを、2度目の今回も、今一度探してみることにしました。 手の跡がついている石だって言うんで、どうしても実際に見てみたい!!

2度目の村田町巡りは、「村田町新そばまつり」 でそばを食べることから始めたんですが、一人前しか食べてないので食い足りず、今回も町はずれにあるそば屋の 「千寿庵」 に行き、そこでまたおいしいそばを食べました。

「姥の手掛け石」 はその店の近くにあるはずなので、そばを食べたあと捜索を開始したんですが、これがまた全然見つからない。 そもそも石の大きさを知らないんだから、困ったもんです(汗)。

村田町でもらえる観光案内地図は手に持っていて、それには 「姥の手掛け石」 がある場所の地図が載っているんですが、「千寿庵」 の近くにあるというその石を探すっていうのに 「千寿庵」 の記載が地図でははぶかれている・・・(汗)。

もう探しようがないので 「千寿庵」 で尋ねようと思いました。

「千寿庵」 っていうのは町はずれで交通の便が悪いところにあるっていうのに、昼時はいつも後から後からお客がやってくる。 「混んでて忙しいのに、尋ねるのはちょっと申し訳ないなあ・・・」 なんて考えながら店に向かうと、店の裏に赤く小さな鳥居を見つけました。

そこにありそうではなかったけど、一応のぞいてみようかと鳥居の奥に行くと、なんとそこに 「姥の手掛け石」 がありました!! そば屋から数メートルしか離れていないようなすぐ裏でした。 思わず 「ここかあ・・・、これは気づかないわあ・・・」 とため息とともにひとり言を言ってしまいました(笑)。

赤い低くて小さな柵があって、それに囲われた石をよく見ると、小さなくぼみばポツポツとあいていました。 どうやらそれが手の跡みたいでした。 たしかに、手の跡でありくぼみが指の跡だと言えば、そうも見えました。

2度目にしてようやく 「姥の手掛け石」 を見つけることができてました!! こういった民話やそれにまつわるものを見るのが好きなので、見ることできて良かったです。

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姥の手掛け石
 渡辺綱(わたなべのつな)は、平安時代中期丹波国大江山の鬼退治した武将源頼光(みなもとのらいこう・よりみつ)の家来で、四天王の一人と言われた剛勇で知られた武将。綱は京都の羅生門で悪事を繰り返す鬼と決闘し刀で鬼の片腕を切り落とした。鬼は腕を残し逃げ出したという。
 その後、綱は各地を巡りここ姥ヶ袋の里まで住人余りの従者とともにやってきた。切り落とした鬼の腕は石で造った長持に隠しておいた。
 ある日、綱のもとに伯母が現れ、鬼の腕を見せて欲しいと執拗にせがみ綱は断り切れずにやむなく長持のふたを開け鬼の腕を見せてしまった。その瞬間、伯母は鬼に姿を変え、その腕をさらうと囲炉裏の自在鈎を伝って天井の煙出しから逃げた。
 綱が刀を抜いて追いかけたところ、鬼が小川を超えようと滑って手をついた跡が、この石に手形として残ったものだと言われている。
(現地立札の説明書きより)




[備考] 場所: 宮城県柴田郡村田町小泉道端 / 見物: 自由(無料) / 駐車場: なし / トイレ: なし
・姥の手掛け石は、そば屋「千寿庵」のすぐ裏。「千寿庵」とその裏を流れる川の間にある。
※これらは僕のかってな所見です

参考地図: 姥の手掛け石(緑矢印)
※現在(2013年11月現在)のGoogle地図では現地の詳細さが欠けていて、地図に記載されていない道路も存在ます。表示している地図は参考程度に見てください。

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