仙台藩刑場跡へ行ってきました



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「仙台藩刑場跡」

今晩は、「仙台藩刑場跡」へ行って来た事を書こうと思います。

宮城県仙台市は5つの区(※青葉区、宮城野区、若林区、太白区、泉区の5区)からなるのですが、その「泉区」のOHPをのぞいていると、ふと観光案内から面白そうなスポットを幾つか見つけてしまいました。

その1つがこの「仙台刑場跡」でした。

仙台中心街(仙台駅近辺)と、泉区の繁華街を結ぶ「仙台泉線」という道路があるのですが、その道沿い(ほぼ泉寄り)にあるこの場所は、仙台に長年住んでいる僕も、まったく場所の絞込みができないほどマイナーな場所でした…



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「仙台藩刑場跡」




マイナーと言った理由は、インターネットでもこの場所を特定できる情報も詳細なマップなどが拾えなかった事もその1つです。

七北田字杉ノ田とは泉区OHPに書いてあっても、車で行ってすぐここだとはなるわけもなく、しばらく路頭に迷いました。大袈裟ではなくて。

結局は仙台泉線の国道22号線を徒歩で歩いていれば案内が設置されているので気づいたのかも知れませんが、普段車で通る僕は、その案内版さえもこんな所にいつからあったのだろうというほど、まったく見覚えのないものでした。

この車道はアスファルトをすり減らすほど走っているのに…

いずれわかれば追記していこうと(今のところは)思っているのですが、なぜここに刑場があるのかはわかりません。




前置きは終えますが、「刑場」と標されているここ。詳しくは何をした場所なのか…

多分僕と同じように既に察していたと思いますが、ここは仙台藩の処刑所です。

これはこの場所に挿してあるパネルを見れば一目瞭然直接的に書いてあります。

僕の解釈から、「5.300~7.000人」、「はりつけ、うちくび、ひあぶり、ごくもんの執行」と、ここ「刑場」とは刑罰を執行した場所だと思えます。

しかもかなり残虐な。




車も多い住宅地の中に「処刑所」と書いてあっては、通りがかるだけでもちょっと嫌でしょうから、直接的な言葉を使ってないのでしょうか。

とは言っても、ここは今まで僕が何も知らず素通りしていたように、とくに異様な雰囲気を感じる場所でもありませんでした。

僕がそういう人間のせいでもありますが。

両隣りは民家とアパート。

じっくり見たり、デジカメで撮ってたりするのも、ちょっと人目が気になるような場所でありました。

供養塔であろうものや地蔵様が何体か置いてあり、特に立ち止まる人もなく、時々誰かに花を手向けられながらひっそりとあります。



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「七北田刑場跡」
右の奥には地下鉄「八乙女駅」が見えています。この案内はいつからあったのでしょうか、今まで全く気が付きませんでした。左側の錆びれた手すりに階段を上がってゆくとあります。



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「刑場跡」
特に何の異様な雰囲気も感じない場所です。ここで行われて刑を知るとゾッとしますが…



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「刑場跡 地蔵」
元禄3年(1690年)から幕末までの約180年間この地にあり、一般庶民の刑場だったそうです。



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「念仏堂」
これは念仏堂と言うそうで、5代藩主の伊達吉村公の夫人が供養のために建立したのだそうです。



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「供養碑」
伝染病で亡くなった人をまとめて焼却した場所でもあるそうです。



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「供養碑」
刑場はもともとは現在地の向側にあったとされておりますが、道路工事等によって現在地に移転したとされています。





(追記 2007.03.24)
仙台市泉区OHPで見つけたこの場所と同様に行ってきた、「赤穂浪士・寺坂信行の墓」「洞雲寺」もあります。



この記事へのコメント

  • あべ

    昨日行ってみました。
    車だと通り過ぎてしまいますね。わかりにくい。
    でも雰囲気は独特でした。http://ampiyampi.web.fc2.com/index.htm
    2012年05月13日 11:31
  • 与平

    あべさん

    車だと少々わかりづらいかもしれませんね。

    車道からはみえませんしね。
    2012年05月14日 23:46

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