武家屋敷の名残 (登米市探訪・7)

(この投稿は、「登米市探訪!」と題して、たった一日で登米市をどれだけ見てこられるかという観光をした日の続きです。)



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武家屋敷通りにあるミラーに
町並みが一番凝縮されていました。
きっとすぐ見つかるはずなので、探してみてください?!



今度は武家屋敷の名残が残る辺りを見る事にしました。
「水沢県庁記念館」と「武家屋敷春蘭亭」です。






(十四)
=水沢県庁記念館へ=

県庁跡の建物なのだそうで、入ってみることにしました。

ここも共通券で見られる所なので。

昔、登米県で在ったときがあり、もとはその時に県庁として立てられたものという事です。

他の建物とあわせて広い敷地にあったものが、敷地縮小や移築で今のこの場所にあるのだとか。



登米に来て一番とも言うべき面白いことを知ったのですが、僕は登米市観光に来るまで、この「登米」と言う字はすべて「とめ」とよんでいました。

しかしもとは「とよま」と読むそうで、ここに県庁が立てられた時に、それは読みにくいと「とめ」に改められたのだそうです。

「登米と付くもので、県のもの(施設とか)は「とめ」、町のものは「とよま」です」と教わりました。

その県庁(今は市役所)はとっくに他へ(一関へ)移ってしまっていて、僕には何だか違和感ある話に聞こえましたが、面白い理由があるものですね。



僕はまわってきた所で、管理の方などと話したとき、関係なく「登米」をずっと「とめ」と呼んでいました。

「登米町・とよままち」を当然のように「とめちょう」なんて言っていたのですが、ちょっと失礼だったかもしれませんね…。


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門は復元との事です。本来この門には立派な扉がついていたようです。建立当時の様子は中の模型で見る事ができます。


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もう靴を脱ぐんですか?!という所にスリッパがありました。


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裁判所のようです。


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この辺りは綺麗な白壁がいくつか見ることができました。





(十五)
=武家屋敷春蘭亭へ=

「水沢県庁記念館」辺りの小道には、武家屋敷の名残が残っていて、綺麗な屋敷壁が連なる通りもありました。

広い範囲ではなかったので、今の登米町の風景にとけ込み、かすれてはいましたが、その名残を感じる事はできました。

武家屋敷は今も住んでいる人が居るため公開していませんでしたが、1ヵ所だけ見られるというので行ってみました。

「春蘭亭」という所です。

無料の場所で中も自由に入って良いと聞き、行ってみるとお休み処となっていました。

聞いた通り中を見学できて、見るだけで入って来たのですが、お茶などを注文できるようにもなっていたみたいです。

裏庭もあったので、帰りに眺めてゆくのも良いと思います。


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武家屋敷の名残が残る通り。入ってはみませんでしたが、団子やさんがありました。


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「春蘭亭」の門。武家屋敷のたたずまいとは、こういう感じだったのでしょうか。


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ここをまわって裏庭を見るのも良いかもしれません。


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中の見学は自由なので、内側からも屋敷を見ることができました。


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なんだか綺麗だったので、撮ってしまいました…



次回へつづく。
次回は「警察資料館」と「アンティーク資料館」へゆきました。
まだ登米町地区の観光が続きます。





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