田村清顕の墓と喜多の墓へ

白石市

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片倉喜多子の墓・田村清顕の墓・宮城県白石市・画像



「田村清顕(たむらきよあき)の墓」 と 「喜多(きた)の墓」 です



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今回も4月10日に白石市や七ヶ宿町方面をドライブしてきた時のことです。 七ヶ宿湖周辺から国道113号で白石のほうへ向かう途中、今回の場所へ立ち寄りました。

白石市では片倉小十郎景綱のお墓がある 「片倉家廟所」にお参りすることが観光の一つになってます。 今回の 「田村清顕の墓」 と 「喜多の墓」 はそのすぐ近くにあります。

「片倉家廟所」 の駐車場に車を止めたまま歩いても行けるんですけど、今は別に近い駐車場があるので、そこに止めて行った方が楽なんです。 「片倉家廟所」 入り口から国道113号を七ヶ宿湖方面へ300メートルくらい走ると左折の脇道があって、その先に 「田村清顕の墓」 と 「喜多の墓」 用の駐車場があります。

3年前にも 「喜多の墓」 には訪れたことがあるんですが、今回帰り道の道中だったこともあり、また足を運んでみました。





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片倉喜多子の墓・田村清顕の墓・宮城県白石市・画像

「田村清顕」 と 「喜多の墓」 の駐車場にて。





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片倉喜多子の墓・田村清顕の墓・宮城県白石市・画像

「田村清顕の墓」 の墓へ向かう道。 前に 「喜多の墓」 へは一旦ですが、こちらへは行ったことがありませんでした。





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片倉喜多子の墓・田村清顕の墓・宮城県白石市・画像

「田村清顕の墓」 にて。 歩き始めるとすぐに到着。 たった70~80mくらいでした。 画像の中央に写っているのが画像Top の墓石です。 田村清顕は伊達政宗の正室・愛姫(めごひめ)の父。 これ以上詳しいことは、僕では説明できませんのであしからず。





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片倉喜多子の墓・田村清顕の墓・宮城県白石市・画像

画像Top に写っている田村清顕の墓石の足元。 田村清顕との文字が刻まれている。





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片倉喜多子の墓・田村清顕の墓・宮城県白石市・画像

「喜多の墓」 へ続く階段にて。 駐車場からだとこの裏から来ることになるので、この階段は通りません。 お墓を一旦通り過ぎ、階段を下ってから撮った画像です。





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片倉喜多子の墓・田村清顕の墓・宮城県白石市・画像

「喜多の墓」。 駐車場から100mくらい。





『 少納言喜多の墓 / 片倉代々記によると、父は鬼庭周防良直・母は本澤直子の一女で貞山公(伊達政宗)の御乳母となり少納言喜多と称されていたとある。
 喜多の母は鬼庭と離別後、片倉式部景重と再婚、小十郎景綱を生み喜多は、異父姉となった。喜多は伊達輝宗に正宗の乳母に任じられているが、未婚の女性であったため、乳母というより保育・教育の係りであったと考えられている。そして政宗の名君としての素地・人格形成に強い影響を与えた。後年政宗の最も信頼を得た武将としての弟小十郎の母代わりとして、その育成に大きく貢献したと伝えられている。
 白地黒鐘の大馬験をなびかせ縦横に戦場を疾駆し伊達に知将片倉小十郎ありと嘆せしめたが、この黒鐘の大馬験も「その名を天下に鳴り響かせよ」という姉喜多の弟への励ましの作であったと伝えられている。現在、この黒鐘は白石市の市章となっている。
 国元に蟄居後の日常の動向は明らかではないが晩年はこの地に草堂を結び余生を送り、慶長15年(1610)7月、72歳で亡くなっている。
 喜多のすぐれた人柄や事跡については、伝承として数多く語られているが、その生涯を明らかにする資料や実像を伝える資料は少なく、しかも少しずつ異なっている。
 少納言の称号も朝廷から任じられた記録はなく残された資料からみると理由は明らかではないが、早くから少納言と呼ばれていた。名前も「喜多子」とする資料もあるが、「喜多」が正称であったと考えられる。
 いずれにしても仙台藩祖・名君政宗を保育し、白石城主・片倉氏160年の繁栄の基を築いた賢婦人であったが、その生涯については謎の多い女傑であったといえよう。』

(現地にあった立て看板より)





上は 「喜多の墓」 の近くにあった説明書きです。 文の真ん中あたりに “黒鐘の大馬験も「その名を天下に鳴り響かせよ」という姉喜多の弟への励ましの作であったと伝えられている” というのがあるんですが、そう言えば白石城関係の祭りではこの幟(のぼり)を良く見かけます。 印象に残ってました。

何か意味はあるんだろうけど、僕なんかで分かることではないので特に深く考えたことがなかったんですが、片倉小十郎景綱が喜多から授かった紋章だったんですね。 初めて知りました。(前回「喜多の墓」を訪れたと時も読んでるはずなんですけどね…。僕の頭に入ってなかったんでしょうね…。)

以前白石城周辺で行われた 「白石市民まつり」 を見物した時にもその黒鐘の紋章が見られたので、それが写っている記事へのリンクを貼っておきます。






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