支倉常長像と展望台 (月浦1/2)

石巻市 月浦

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支倉常長像




今晩は、「月浦(つきうら)」の事を書こうと思います










かれこれ2007年12月、宮城県北部の海沿い石巻市(いしのまきし)にある「月浦」へ立ち寄った事がありました。

支倉常長(はせくらつねなが)の像がある場所。

支倉常長とは仙台藩祖・伊達政宗の命を受け、藩が独自に海外との交流を図るためヨーロッパへ旅立ち、政宗の大きな期待を背負っていた人物です。 伊達政宗時代、仙台藩の歴史舞台には必ずその名の挙がります。

その支倉常長がヨーロッパへ向けて船で旅立ったのがこの「月浦」という地とのこと。

その時乗り込んだ船は「サン・ファン・バウティスタ」という名で、復元された物がこの場所から15分ほど車で走った所にある「サン・ファン館」(観光施設)の入り江に浮き、展示されています。 とても美しい形の木造船です。

無事に航海ができる時代ではなかったはずなので、支倉常長が船で海外を目指した事はロマンの香り漂う話でもあります。




「月浦」には小さな公園が整備されていました。

支倉常長像があり、ベンチがある。 少々離れた所には展望台があり、そこからは石巻湾(いしのまきわん)の方面を見据える海の景色がありました。 きっと支倉常長もこのような景色を見ながら海へと挑んだのでしょうか。




ここにあった支倉常長像なのですが、これまで宮城県内の幾ヵ所で同じものを見かけた事があります。 形も大きさも全く同じ物です。

一つは仙台市青葉区にある仙台城址(青葉城跡)。 本丸の麓にある隅櫓(すみやぐら)の傍に置かれています。 仙台観光で、るーぷる仙台(バス)、タクシー、または歩きで仙台城址を訪れる時、本丸へ向けて登り始めてすぐ道の左側に小さな2階建ての櫓があるのですが、その傍です。 気付く人も、立ち止まる人も少ないように思いますがあるのです。

もう一つは支倉常長の墓の一つとされる大郷町(おおさとちょう)。 墓石とその付近が「支倉常長メモリアルパーク」として少々整備されているのですが、そこにも像があります。

僕が知っているのはこれら3ヵ所だけですが、もしかすると他の場所にも同じ像があるのかも知れません。




ちなみに "墓の一つ" と書いたのは、宮城県内には支倉常長の墓が3ヵ所にあります。

一つは先に書いた大郷町の「支倉常長メモリアルパーク」。 一つは仙台市青葉区北山にある光明寺。 そして宮城県南部の川崎町にある円福寺。

川崎町は支倉常長が育った地で縁深く、毎年6月には「支倉常長まつり」が行われています。 宮城県内で見ても特別大きな祭りではありませんが、裃(かみしも)姿の行列や甲冑行列などは存在感もありますし、獅子舞や田植え踊りなど地域の伝統芸のも見物できる良い祭りです。

話がそれましたが以下は「月浦」で撮って来た画像です。





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「月浦」の支倉常長像の台座に付いていた物。






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像。






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公園にあった展望台。






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展望台から眺めた景色。








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[備考]
今回の記事の画像は2007年12月の物です
見物: 自由(無料)      車無料P: 有      WC: 有      車‐三陸道(三陸縦貫自動車道)の「石巻河南IC」から25~30分
参考地図: 月浦・支倉常長像の辺り{ちず丸
※僕の勝手な所見です

[このブログ内の関連記事]
◆「支倉常長メモリアルパーク1/2 (大郷町巡り・3)」記2008年02月01日 … 大郷町にある支倉常長の墓の一つです
◆「サンファンバウティスタ・支倉常長の墓 (川崎町へ・3)」記2007年07月03日 … 川崎町にある支倉常長の墓の一つです
◆「卍支倉常長まつり・1」記2007年07月14日 … 墓の一つがある川崎町でのまつりです

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